ふーみんの無限世界

エッセイ、詩、小説の可能性を信じて

息子のグループホーム入所 2

グループホーム入所にあたっては、最初は一泊二日、次は一週間、というように、少しづつ本人が慣れていけるように、様子をみることが多いようです。
これは、グループホームに慣れる、ということ以外に、他の入居者と一緒に生活できるか、ということのチェックでもあるようです。
駿宇が入ることになったグループホームは新設ですので、そういったお試し期間はありませんでした。
入居決定の書類が郵送で届いてから半年後、入居説明会がありました。
コロナ対策で、公共の交通機関での来所は禁止。
次男が長男の車を借り、私と駿宇を乗せていってくれました。
駿宇は少し緊張していました。
説明会が終わると、実際に住むことになるグループホームを見学させていただきました。
「駿ちゃん、今度ここに住むんだよ」
と伝えましたが、おそらく理解していなかったと思います。
6畳ほどの個室で、ベットと洋服ダンスは備え付けでした。
10人ほどが一緒に生活します。
個室が廊下の両サイドに並び、共同の食堂やトイレ、浴室などがあるワンフロアです。
個室には好きな家具を入れたり、テレビなども置いて良いとのことでした。
駿宇はテレビはほとんど見ないので、いつも使っていた洋服を自分で分けて入れられる棚を入れようと思いました。
他にはいつも遊んでいるおもちゃやそれを入れる箱。
床が冷たそうだったので、フロアマット。
そうだ、写真立てに、家族で写っている写真を入れて、目につくところに置こう、とも考えました。
入居まであと2か月ほど。
駿宇の好きな食事メニューをたくさん食べさせて、必要なものを買い、楽しく過ごさせてあげたい。
今の生活介護の仲間たちや、長年なじんだヘルパーさん、駿宇を支えてくださったすべての方と、特別なお別れを、と考えないわけではありませんでしたが、コロナ状況もあり、私の多忙もあり(駿宇がグループホーム入所後ひと月後には私も、次男も引っ越しすることになっており、私はそれに伴って、転職先も探していました)、なかなかお別れ会などもできませんでした。
そしてなにより環境の変化に敏感な駿宇ですから、極力普段通りに過ごさせたいとの思いから、周りの方々には、本当に入居の前日まで、いつも通りにお願いしますと伝えていました。
まだあと2か月もあると思っていたのに、その日はあっという間に来てしましたした。
入居が近づくにつれ、私は泣く日が多くなりました。
本当にこれでいいんだろうか?
そう思う度、やはり私一人ではいざというとき駿宇の安全が守れないから、行くしかない。
一生一緒にいてあげられないのだから、本人が若いうちに、安定して生きる場所を確保してほしいから、行くしかない。
そんなふうに何度も何度も考えました。
もしうまくいかなかったら、また私と一緒に暮らしたり、別の場所を探すことも覚悟しました。
実際、グループホームに入所したものの、まったくご飯を食べなくなったり、他害(人を殴ったり、傷つける行為)がひどい場合、退所になることもあると言われました。
毎日、この病院に来るのは、最後だな、とか、このヘルパーさんは今日が最後と、思いながら過ごしました。
まるで砂時計のように、駿宇との時間もみるみる減っていきました。
駿宇をそれまで支えてくださっていた方、一人ひとり、皆さん別れを惜しんでくださいました。
親ばかなことを言わせていただくと、駿宇は本当に愛らしい子で、人懐こく、にこにこして、パニックで自分を傷つけることはあっても、人を傷つけることは絶対にしない子でした。
元々そうだったわけではありません。
幼いころは、人と目を合わせられず、10秒もじっとしていられず、突然泣き出しては何時間も泣き続けたりするような子供でした。
本当にここまで成長してくれて、ありがとう、と言いたいです。
そして駿宇の成長を助け、見守ってくださったたくさんの方々に本当に感謝しています。
ついに家族で、この家で、過ごす最後の日、駿宇があっという間にいつも平らげてしまうメニューの夕飯を済まし、最後の夜を迎えていました。
やはり、涙は出てしまいますが、駿宇や次男には見せないようにしました。
そしてついに入居日がやってきました。
                                つづく